1.はじめに
自然災害の頻発・激甚化や、厳しい条件下での構造物の設計・施工が増加していることなどに伴い、建設工事に関わる裁判も同様に増えていると感じています。とくに、地盤に関わる裁判事例は大規模斜面崩壊・河川水害などの規模の大きいものから宅地の地盤・擁壁変状トラブルまで多種多様であり、裁判においては高度な専門的知見を有する地盤技術者の公正かつ中立的な判断資料が必須となってきました。
筆者はこれまでに裁判用意見書などを何度か作成しましたが、ここではそれらの個人的な経験を通じて得られた所感などについて述べたいと思います。
2.問題の発生原因(争点)
斜面災害の原因(要因や誘因)として思い浮かべるキーワードはさまざまですが、例えば表-1などがあげられます。
表-1 斜面災害の原因のキーワード例
当該裁判は小~中規模の宅地造成工事が対象でしたが、主な争点が「谷埋め盛土」に関してでした。谷埋め盛土とは谷や沢を埋立てることにより造成される盛土であり、盛土内に水の浸入を受け易く、かつ3次元的な形状により盛土側面に谷部の原斜面が存在することが特徴です1),2)。
図-1 谷埋め盛土のイメージ1)
図-2 谷埋め盛土の被災例2)
このことから、とくに中・大規模な谷埋め盛土においては盛土全体の安定性や排水性などについて慎重に検討することが必要です。つまり、2次元的な形状を有する一般の盛土とは異なる「特殊性(個別性)」を有していると言えます。
一方、地盤工学においては、せん断破壊が盛土の崩壊メカニズムとなるような場合においては、どのような形態・条件の盛土であっても(1)式により一元的に安定性が評価されます。すなわち、(1)式を用いた判定法は谷埋め盛土を含めて、あらゆる形態の盛土にあてはまる「普遍性(一般性)」を有していると言えます。ここでΣτはすべり力(作用外力)、Στfは抵抗力(せん断強さ)、Fsは計画安全率を意味しています。
本件裁判は建設会社(被告)が開発予定の盛土造成工事において、原告・被告の主張が下記のように異なった事例であり、谷埋め盛土の安定性や対策工法の妥当性などが具体的な争点となりました。
【原告】
谷埋め盛土は盛土として通常の盛土とは異なる特殊性を有しており、本造成工事の 潜在的な危険性を認識することが前提である。また、被告が計画している対策工法 では不十分であり、見直しが必要である。
【被告】
谷埋め盛土においては慎重な検討が要求されるが、工学的には一般の盛土と同様の 普遍的な特性を有している。また、被告が計画している対策工法は谷埋め盛土とし ても必要十分かつ適切なレベルである。
筆者は法令や技術基準などの側面からも被告(建設会社)側の見解が妥当であると判断し、意見書の作成を行いました。意見書のやりとりは原告・被告相互に数回に及びましたが、次回コラムにおいて引き続きご紹介させて頂く予定です。なお、本裁判は「宅地造成及び特定盛土等規制法」(令和4年5月公布)より以前に行われたことを付記します。
参考文献
1) 大規模盛土造成地の滑動崩落対策について
2) 《地盤品質判定士コラム第21回》盛土造成宅地の地震・豪雨被害例とその特徴
一般社団法人 地盤判定士会HP(https://hanteishi.org/post-6890/)より抜粋